Vol.07

博報堂DYアイ・オー 手話通訳依頼制度の導入と変遷

手話

社員の3分の1を聴覚障害者社員が占める博報堂DYアイ・オーでは、手話通訳依頼制度が導入されています。社内に通訳者が在席し、依頼のための窓口が設置されている企業は特例子会社でも珍しいといわれています。制度導入の経緯や実務担当者の声を取材し、前後編に分けて紹介します。

  • 人事戦略部 部長
    増田涼子
  • 人事戦略部
    牧原依里(聴覚障害)
  • 業務4部 HP経理受託課 課長
    星川 尊

01 会社の規模拡大とともに、手話通訳依頼制度立ち上げへ

最初に手話通訳依頼制度が導入されたのが2010年ですね。どのような流れで立ち上げに至ったのですか?

増田さんの写真
増田さん
私が博報堂DYアイ・オーに入社した当時は、会社全体の規模が小さく、部署ごとにオフィスの場所も異なりました。そのため、手話ができる聴者と聴覚障害者社員の小さなコミュニティがいくつかあるような状況で、どこの拠点でも聴者が拙いながらも手話を使い聴覚障害者社員と協働していました。
お互いに伝わりにくいことや分からないことがあっても、その都度確認しながら業務を進めていたので、日常業務で手話通訳が必要となる場面はほぼなかったように思います。
転機となったのは、2008年に会社が豊洲へ移転したことだと思います。それまで散らばっていた部署が現オフィスに集合し、会社の規模も大きくなっていきました。
会社の規模拡大とともに業務の幅も広がり、難易度も上がっていきました。聴覚障害者社員も含め仕事で新しいことを覚える機会が増えましたし、様々な会議や研修にも参加するようになりました。社員数も増加の一途でしたから、新しく入った聴者が手話を覚えるのも時間がかかる中で難しい仕事の話をするのはやはり困難で、ビジネスの中でリアルタイムに正しく情報を伝えてくれる手話通訳者のニーズが高まっていきました。

02 制度立ち上げから浸透するまでの道のりに苦労があった

増田さん
そうして手話通訳依頼制度を2010年にスタートさせましたが、制度を導入したからといってすぐに活用されたわけではありません。それまでは通訳なしで業務をしていたわけですから、社員の中にはわざわざ通訳を手配することに疑問を持つ人もいました。実際に社内に浸透するまでは数年かかりました。
牧原さん
私が入社したのが2009年で、当時から通訳に関してはいろいろな思いを持っていました。
当時の部署には聴者と聴覚障害者社員の人数が同じくらいいましたが、聴者が日本語対応手話(※)を使うのに対し、聴覚障害者社員はそれとは文法が異なる日本手話(※)で話す人が多かったんです。聴者が日本手話を読み取れないので、聴覚障害者社員が無理やり日本語対応手話で話すことも多々ありました。日常会話では文法や手話が支離滅裂でもお互いに憶測で会話できますが、確実なコンセンサスが必要な会議ではそうはいきません。何度も確認を挟むためになかなか進まず、本来は1時間で終わる会議が2時間以上かかることもしばしばありました。
その後、上層部が変わるタイミングで何度か問題提起をしたところ、まずはデータを見せて欲しいと言われ、他の社員と協力して聴覚障害者社員全員にアンケートをとりました。そうして初めて、日本手話と日本語対応手話の違いや、人によって様々な情報保障が必要なことが理解され、議論が始まったんです。
聴覚障害者社員が約50名いる博報堂DYアイ・オーでは普段から執務室内で手話が飛び交っています
聴覚障害者社員が約50名いる博報堂DYアイ・オーでは普段から執務室内で手話が飛び交っています
増田さん
通訳の質やニーズは当事者が声を上げないと分からないところですね。牧原さんたちやデフ・コミュニティー・チーム(DCT)(※)のメンバーが自発的に活動してくれて、その思いを上層部が汲み取って議論が進みました。そういった流れから社内での制度利用も増え、2016年、手話通訳者が決まった時間に社内に在席する「設置通訳」の導入に踏み込んでいけました。
牧原さん
いろいろありましたね。交渉はとても大変でしたが、2016年からは手話通訳を誰でも自由に使いやすくなりました。
増田さん
情報保障が充分でない職場環境というのは、裏を返せば「聴覚障害者社員は情報をもらえないから聴者がやるのが当たり前」という状況になりかねません。聴覚障害者社員の社員の成長のためにも、環境を用意するから奮起してほしいという願いをもって制度を推し進めていきました。

※日本語対応手話 日本語の一種。日本語に手話を一語一語合わせている。手指日本語とも呼ばれている。
※日本手話 ろうコミュニティから自然発生した自然言語。日本語とは異なる独自の文法からなる。
※デフ・コミュニティー・チーム(DCT) 2013年から2017年の4年間、聴覚障害者社員がメンバーとなり、聴覚障害者社員に関する合理的配慮をはじめ様々な活動の企画・提案を行った社内の当事者チーム。

03 通訳者の必要性が認知され、ついに週5日の設置へ

手話通訳依頼制度は聴覚障害者社員だけでなく、聴者も多く利用している印象です。設置通訳が始まってからの反響はいかがですか?

増田さんの写真
増田さん
スムーズに業務が進むようになったことは皆さんに実感いただけていると思います。通訳さんに社員の名前を覚えてもらったり、専門用語や社内用語を自然に使ってもらえたり、やはり設置通訳がいるといいよねと。
牧原さん
同感ですね。私の場合、日本語対応手話よりも日本手話の方が自分の意見をより深く伝えやすいので、設置通訳を介して話した方が正確かつ時間短縮にも繋がり助かっています。逆に、私と話すときに聴者社員が設置通訳を呼ぶこともありますね。
増田さん
初年度は週1日の設置でしたが、翌年には週2日に増設され、2020年にはついに週5日になりました。今はコロナ禍の影響もあり設置日は減っていますが、それだけ社内に浸透してニーズもあり、歓迎された証だと思います。

04 利用者の声

星川尊 業務4部 HP経理受託課 課長
星川さん
手話通訳は月に2度、定例報告会と課会で利用しています。その他にも、突発的な打ち合わせの際は社内に窓口があることで気軽に依頼することができて助かっています。
私自身、手話を使用していますがまだ未熟で、細かなニュアンスまで伝えきれていないと自覚しています。特に、複数人で集まる際は難しいので通訳が必要です。
通訳者に参加していただくことで、私も聴覚障害者社員も普段のペースで話ができるので会話にリズムが生まれて、打ち合わせの内容がより濃いものになっていると実感しています。また、聴覚障害者社員も情報に漏れがないと安心に繋がっているようです。
今後も積極的に利用していきたいと思います。

会社の成長とともに社員がより活躍できる場を作るため、手話通訳依頼制度は誕生し、受け入れられていきました。後編は手話通訳者の手配を担当する手話通訳窓口と社内手話通訳の仕事についてご紹介します。