Vol.03

「障害者」「健常者」をどう呼ぶ? どう表記する?

ビルの外観

東京パラリンピックが開催される年を迎え、障害および障害者という言葉に触れる機会もより多くなっています。「障害者」「障碍者」「障がい者」と異なる表記を目にすることがある中、「障害者」という表記を用いている博報堂DYアイ・オーに、呼称・表記について取材しました。
(ライター 浜田祐子)※薗部真志は2020年3月に代表取締役社長を退任しています。

01 「『障害者』『健常者』に代わる言葉の開発ができないか」

薗部社長の写真

博報堂DYアイ・オーでは、社員一人ひとりが能力を発揮しやすい環境をつくるために、いろいろな取り組みをおこなっています。そのひとつに「ダイバシティ・インクルージョン推進委員会」(DI委員会)がありました。障害の有無だけでなく、性、年齢、育児や介護に携わる人なども含めた多様性を大切にし、お互いの特性や個性、立場を理解し合って働くための取り組みです。それぞれの障害のある社員、障害のない社員が参加し、具体的な合理的配慮の在り方や手段について検討、提案していました。

2017年、薗部真志社長がDI委員会に「障害者・健常者」に代わる呼称・表記の開発ができないかという課題を投げかけました。この課題を提示したのは「セクシュアル・マイノリティに対する人々の関心が高まったことの背景にLGBTという呼称が普及した要因もあると考えられる。障害者・健常者に代わるよい呼称・表記が生まれて普及すれば、より関心を持たれる可能性につながるのではないか」という理由からでした。
薗部社長に、そのときの思いについてうかがいました。

「そもそも、障害者との対比に使用する健常者という言葉に、私が違和感を持ったのが始まりでした。文字にこだわると健常者は『常に健やかな者』ととらえられ、障害者は健やかではないのか、そして障害を持たないからといって常に健やかな状態といえるのかという問いが生まれて、おかしいと思ったのです」
「障害者雇用促進法においては、特例子会社では『障害者手帳を保有する人を障害者』とするので、私個人としては『手帳保有者』『手帳非保有者』という区別を使ってはどうかと思っていました。その呼称・表記も含め、最終的にそのまま『障害者・健常者』という呼称・表記がよいということになったらそれはそれでOKとし、全員できちんと議論したうえで提言してほしいと伝えました」

02 当事者である社員たちが、数カ月の間、話し合った

オフィスでの意見交換の様子

社長からの課題を受けて、DI委員会で議論を行いました。豊洲本社だけでなく赤坂勤務者も含め、聴覚・視覚・肢体・精神・発達・内部障害の各当事者や健常者も入りメンバー全員で、数カ月にわたって活発に意見が交わされました。

その中で「アイデンティティは自分が決めることで個人の受容の問題である、深く考え過ぎても良くないと思っている」「『障害者』『健常者』の呼称は合理的に区分けするためには便宜上必要だが、わざわざ印象付けるために対比構造にすることに違和感がある」といった声がありました。
「生まれつき障害があるので特別意識して考えたことはなく、自分にとってはあたりまえのこと」という意見もちらほらあったのに対して、中途で障害者となった社員からは「障害者手帳の申請、認定を受ける際に『障害者』という呼び名には違和感がなかった」という意見もありました。

はじめからこの状態が自然である先天性か、「健常」から「障害」になった後天性かで、「障害」に対する認識が異なるものの、言葉に対してのこだわりはないという意見が多いようにみられました。

また、手帳保有者・手帳非保有者という呼称については「手帳保有者という呼称は手帳を保有しない障害者に対して差別になっていないか」と疑問視する声もありました。
新たな呼称を開発することについては「一般社会で通用していないワードを開発しても使い分けに困る」「仮に呼称や表記が変わったとしても働く環境が変わるわけではない」などの意見があげられました。

結果、「障害者」という呼称に対する意識は障害者自身より、どちらかというと周囲の健常者が過剰に反応しているのではないかという認識であり、「健常者」という言葉については「障害者という呼称の対比として捉えている、ただの記号と理解している」という過半数からの意見により、
DI委員会の総意として「障害者」「健常者」のまま呼称・表記を継続する、という意見が出されました。

03 時代の変化とともに新しい言葉が生まれる可能性も

オフィスで働く社員

DI委員会で議論した経緯を経て、博報堂DYアイ・オーでは現在「障害者」「健常者」という呼称および表記を使用しています。

薗部社長は、こう語っています。
「国や社会に先駆けてワード開発をしたいと思いましたが、あえて対比させるように考えること自体が、障害者と健常者を類型化・種別化しており、私がこれまで伝えてきた『ダイバシティとは個人の多様性』という考え方に反することを再認識しました」
薗部社長は、DI委員会のメンバーの「日々の業務・生活においては呼称よりも『実態』の方が重要」という声を大きく受け止め、
「呼称・表記はあくまで記号的な位置づけと捉えており、これからも変えないというものではありません。時代の流れに応じて必要があれば新しい呼称・表記の開発を考えてもいいでしょうし、当事者たちの間から自然発生的によい言葉が生まれてくることがベストという意見もあります。当事者の考えを第一としてフレキシブルに対応していきたいと思っています」と伝えていました。

04 呼称や表記について、正解というものはない

「障害」「障害者」という言葉については、2010年に内閣府にて『「障害」の表記に関する検討結果について』※1というレポートが発表されています。有識者との議論を行った結果、「表記について現時点においては新たに特定のものに決定することは困難」としており、法令等における表記は、当面、現状の「障害」を用いることにしているとのこと。

新聞社や通信社などは、常用漢字表に基づいて表記していることや国の法令や制度では「障害」が用いられることなどから、固有名詞をのぞいて基本的には「障害者」と表記しています。
ただ、地方公共団体や企業、教育機関や障害者団体などでは、それぞれの考えにより「障害者」「障がい者」「障碍者」「チャレンジド(障害を持っている人をあらわすアメリカの言葉)」などの呼称・表記を用いており、正解というものはありません。
今後、時代の流れによって国の法令や制度が変わると、一般的に用いられる呼称や表記が変わっていく可能性も考えられます。障害者に対する表現である「健常者」という呼称も変わる可能性もあるでしょう。

※1『「障害」の表記に関する検討結果について』

取材を通して思ったこと、感じたこと

取材者である私は、博報堂DYアイ・オーには見過ごしてしまいそうな問題についても当事者の視点で意見を交わし合う土壌がある中で、当事者である社員も障害のない社員も時間をかけて本音で議論し合うことにより多様性についてさらに一人ひとりが考えを深めるきっかけとしているように思いました。

当事者の社員も考え方はそれぞれでしょうが、障害の有無に関わらずお互いの意見を尊重し、垣根を取り払って理解し合えるよう全員が努め続けているのだと感じています。より全員が働きやすい会社にしたい、というみなさんの思いがそこにありました。