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シリーズ 博報堂DY アイ・オーの “ヒトビト”

言おう言おう! マイ オウン ヴォイス

博報堂DYアイ・オーで働く人々の生のをお届けします!

牧原依里 全身画像

“ひとりの社員として、表現者として
社会に挑戦し続けます”

博報堂DY アイ・オーのヒトビトファイル

Vol.02牧原依里Eri Makihara

聾の両親を持ち、小学2年生まで聾学校に、3年生から普通学校に通っていました。現在「博報堂プロダクツ」の経理関連業務、また取引で発生する書類などを回収・整理・管理するグループで働いています。伝票の精査や閲覧の対応、棚卸しなどをさまざまな業務を行い、部署の聴者の同僚たちとは主に手話でコミュニケーションをしています。
「ニューシネマワークショップ」にて映画制作を半年学び、会社に勤めながら映画を制作しています。2016年、「聾者の音楽」をテーマとし、共同監督を務めた映画『LISTEN リッスン』が公開され、多くの方にご覧いただきました。

01社会人としての将来に、大きな希望を抱けなかった

私は小学3年生で聾学校から普通の小学校に転校し、聴者の世界に交わりました。その頃からまわりの人たちとの差異を感じ、人間という存在自体に関心を抱くようになり、大学では臨床心理学専攻科に進みました。
学外では全国の聾の学生の集まりに参加し、さまざまな経験を重ねる中で社会人の聾者の方々からお話を伺う機会がありました。ですが、先輩方のお話を伺うにつれ、社会人となることに希望を持てなくなったのです。たとえば昇進を期待することができなかったり、数少ない聾者として我慢しなくてはいけない環境だったり。その後、就職活動を始めてもセミナーなどは聴者(健聴者)向けのものばかりでしたし、聴者に比べて満足に情報を得られない状況にありました。
そんなある日、ここ「博報堂DYアイ・オー」を訪問したのです。まず手話でコミュニケーションができることに驚きました。それまで訪問した会社には手話ができる方がいなくて筆談で会話していたので。社員の考え方も自由な感じがしましたし、働きやすく居心地のよさそうな空気がここにはありました。

02聾者と聴者が、お互いに歩み寄っている

今は入社8年目、「博報堂プロダクツ」の経理関連の業務を行っています。つねに、この仕事はどういったことのために必要なのか、目的は何かを確認し、理解して取り組んでいます。目に見えていることだけで処理するのではなく、法律に準拠しているのか、他の部署ではどう処理されるのかなどを理解し、知ったことを自分の業務にどう応用できるかも考えて取り組んでいます。
業務を滞りなく行うには、部署内でのコミュニケーションを円滑にすることが大切です。ここは聾者が多く、聴者もできるかぎり手話を使ってくださいます。
聴者が使う手話は、聾者が使う日本手話(聾者の間で言語として形成された手話)ではなく、日本語に添った日本語対応手話(日本語の言葉を手の表現に置き換えて伝える手話)です。手の動きなどは似ているので誤解されがちですが、異なる言語の手話なので、どうしても伝達にズレが生じることもあります。ですから複雑なことはそのまま受け取るのではなく、筆談で二重に確認することもあります。場合によっては日本手話ができる手話通訳士に来ていただき、聾者と聴者がより正確にコミュニケーションができるよう配慮されています。
聾者は日本語を、聴者は手話を学ぶなどお互いに努力し、歩み寄る姿勢があることが会社のよいところだと思います。

働きやすい空気を
みんなが作っている

03働きやすい環境は、先輩たちが作ってきた

障害者が働きやすい職場ですが、最初から聾者と聴者のコミュニケーションが円滑だったわけではなかったと聞きました。退職された聴者の先輩に伺ったことですが、ひとりの聾者の方とうまくいかずに悩んでいたそうです。ある日、その聾者の方に本気で怒ってしまった。すると翌日からその聾者の態度が変わり、関係がよくなったのだとか。その聾者の方にしてみれば、相手が本音でぶつかってきてくれたので、対等に見てくれているということがわかり、自分も本音を言えるようになったのでしょう。
また、社内でさまざまなワークショップも行っています。最近では、会社のよい面とよくない面について一人ひとりが思っていることを付箋に書いて壁に貼り、自由に話し合うというワークショップがありました。自分が感じている、会社のよい面もよくない面も俯瞰で客観視できるので新たな気づきがあったり、異なる視点で捉えられたり。こうしたことを通じて社員の意識が高まっていますし、社員の意見を会社が受け入れて、変えていけるところは積極的に変えているところがいいと思います。
先輩方がお互いを尊重してコミュニケーションを図ろうとしてきたから自由な雰囲気があるのでしょうし、あたりまえのように配慮されていることも、みんなの意見やアイデアが取り入れられてきたからなのでしょう。一人ひとりが働きやすい環境が、社員の努力で作られてきたことが素晴らしいと思います。

04聾者が制作した映画作品との出会いから

私が映画制作を始めることになったのは、数年前にローマに旅行したことがきっかけでした。偶然ですが、各国の聾者が制作した映画を上映する『ローマ国際ろう映画祭CINEDEAF』が開催されていたのです。そこで上映されていた作品を観て、今の技術なら私にも映像作品が撮れるのではと思いました。子どもの頃から字幕付の映画をたくさん観ていて映画が好きだったという原体験も私の思いを後押ししてくれて、映画の専門学校に通うことにしました。
専門学校に入学する前、聾者は受け入れてくれるのかなという懸念があったのですが、あっさり「どうぞ」といわれたので驚きました。そうなると手話通訳をどうしようという壁がでてきた。自治体に申請すれば手話通訳士を派遣してくれるのですが、目的が仕事であればOK、趣味に関する目的だと派遣してもらえないのです。そこで「将来、仕事につなげたい」と交渉して手話通訳士を派遣してもらえることになり、学校に通って映画の技術を学ぶことができました。

05“聾者の音楽”をテーマにした映画へ

私たちが制作した『LISTEN リッスン』は無音の映画です。聾者たちが自ら音楽”を奏でるアート・ドキュメンタリーであり、もしも世界に音がなかったら音楽は存在し得るのかを問うた映画ともいえると思います。
耳が聴こえない人のために視覚や振動を使って音楽を伝える工夫が今までなされていて、聾者の中にも振動を感じて音楽を楽しむことができる人もいますが、私にとって振動は感情に訴えるものではなかった。でも私は、聴者が耳で聴こえる音をもとに奏でたり歌ったりするのと同じように、聾者が音のない世界で身体の動きや手話によって表現できる“音楽”があるのではないかと思っていました。舞踏家の雫境(DAKEI)さんと出会って話したところ、彼もまた同じようなことを思っていたことがわかりました。長年、身体的表現を使って活躍されている雫境さんとなら一緒にできるのではないかと思い、この映画の制作が始まりました。

06さまざまな運や縁、想いが道を開いていった

最初は大々的に公開するつもりはなかったのです。これも偶然なのですが、アップリンクが主催している(『LISTEN リッスン』の配給会社)ワークショップに通っていたことがきっかけです。撮影の機材を背負っていったら、代表の浅井隆さんに「何を持っているの?」と聞かれて話したら興味を持ってくださって、トントン拍子に公開が決まったのです。ローマで開催されていた映画祭で作品を観たこともそうですが、偶然が重なって道が開けていったような感じもあります。普段の私はそんなに頑張るタイプではないのですが、映画の勉強や制作に関しては壁が生まれても諦めずに行動して乗り越えることができました。また、いろいろな方々が応援してくださり、運やご縁にも助けられました。とてもありがたいと思っています。
映画を公開するにあたって、宣伝費としてクラウドファウンディングで寄付を募ったところ、目標額を大きく上回る金額をご支援いただきました。作品を全国に広め、より多くの方にご覧いただく資金としています。

07マイノリティの集団にも多様性がある

『LISTEN リッスン』が公開されると、賛否両論が巻き起こりました。聴者と聾者という枠でなく、ご覧になった方が個人としていろんなことを感じて意見を述べてくださった。いい議論の場を提供することができてよかったと思います。批判も少なくなかったのですが、批判されると私も考えますし、それに答えて理解してもらえるようになったり、新しい化学反応を起こすことができたのではないかなと思います。
実は、聾者というマイノリティの集団の中でも、考え方をひとつにしなくてはならないというような空気があるのです。でもこの映画を観て、もっと自分を表現していいんだ、マイノリティの中にもさらに多様性があり、一人ひとりの考え方を尊重しなくてはいけないと気づいてくださった方々がいて嬉しかった。
詩人の吉増剛造さんがトークショーで「これは映画というレッテルを貼ってはいけない」とおっしゃったことがとても印象に残っていて。吉増さんの「言葉にあてはめるのではなく、レッテルをはがしていかなくてはいけない」「身体の中にいて胎動を感じているような、原初的なものではないか」などの言葉がとても嬉しかったです。私自身は観る人を感動させたいとか何かを求めて撮ったのではなく、ただ目の前にいる人を撮っていた。これは映画なのかと問われて自分でも答えることができなかった。その答えをもらったような気がします。

08社会人として私が受け取ったものを反映させたい

映画とは時代を映し出すものですし、監督の考え方や人生をも否応なく無意識に反映されてるものだと思います。私が日々の生活で出会うもの、肌で感じ取ったことや自分の中に吸収されたことも映画に反映させていきたい。ですから、ここで私が一個人として働き、社会とつながりながら映画の制作を続けることはとても意味のあることなのです。今後も映画を制作したいですし、舞台の制作などにも関わっていきたい。表現活動において、私がこの会社で働いていて感じること、受け取るものを反映させていければと思っています。
会社からも多くのご支援をいただき、同僚や先輩方からも応援していただきました。映画の宣伝にもたいへん協力してもらって、大きな影響がありました。表現者として、社員として、とても感謝しています。

映画「LISTEN」のポスター

LISTEN

『LISTEN リッスン』

共同監督・撮影・制作/牧原依里・雫境(DAKEI)

  • 牧原依里の顔写真

    牧原依里

  • 雫境(DAKEI)の顔写真

    雫境(DAKEI)

企画・編集:牧原依里

監修・美術・テキスト:雫境

配給:有限会社アップリンク

製作・宣伝:聾の鳥プロダクション

(2016/58分/DCP/サイレント)

2016年5月14日より渋谷UPLINK
他、全国順次公開中。

公式サイト

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公式Twitter

映画『LISTEN』上映会 (博報堂DYアイ・オー協賛 無料上映会)

「LISTEN シーン画像:女の子が手話ダンスをしている様子、海辺で男性が立っている様子

10月25日(火)18:30開場 19時開演

豊洲シビックセンターホール(江東区豊洲2-2-18)
上映後、ジャーナリストの斉藤道雄氏とのトークショーを予定。

斉藤道雄氏の顔写真

斉藤道雄プロフィール

ジャーナリスト。TBS『報道特集』ディレクター、『筑紫哲也NEWS23』プロデューサー、「イブニングニュース」コメンテーターとして先端医療、生命倫理、マイノリティや精神障害などをテーマにしてきた。手話について多くのニュースレポート、ドキュメンタリーを制作。2012年より“手話の学校”明晴学園好調を務め、現在は理事長。主な著書に「もうひとつの手話」(晶文社)、「きみはきみだ」(子どもの未来社)、「悩む力」「手話を生きる」(共にみすず書房)などがある。

上映会につきましては収容人数の関係上、博報堂の関係者、障害者のみなさま、障害者教育に携わるみなさまに限らせていただきます。何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。

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